[書評]去年はいい年になるだろう(山本弘)

去年はいい年になるだろう

去年はいい年になるだろう

SFとタイムトラベルには、深くて濃い関係がある。SFの永遠のテーマの一つでもある。恋愛で言えば相思相愛ではない複雑なドロドロ関係。よほどの力量の持った作家でないと、手に負えないそんな分野だ。山本弘さんは、そんな世界に堂々とチャレンジして成功を収めた。これはスゴイことである。星雲賞受賞は当然だろう。
mixiのレビュー(tweetまとめ)には、こう書いた。

★を、もう一つ追加したいくらい。本年度星雲賞【日本長編部門(小説)】受賞作。なにこれ。超々々面白い。こんなSFが読みたかった! 某『1Q84』とかより3倍スゴイw ハインラインの「夏への扉」は正しい。筒井康隆の「時をかける少女」(含む細田守版)は素晴らしい。そんなタイムトリップものが好きな日本全国のSFファンに絶賛お薦め!

解説しよう。かつて『時をかける少女』(細田アニメ)のレビューで、こう書いたことがある。

パラレルワールドは存在しない。
だってそうでしょう? もしあったら、紺野真琴が踏切事故に逢ってしまう世界が存在することになってしまう。もしあったら、津田功介と女の子が踏切事故に逢ってしまう世界が存在することになってしまう……。そんな世界は嫌ですよね。『夏への扉』を読んだことのある方なら、もうお分かりでしょう。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズが好きな方にも分かるでしょう。
そうなんです。世界や時間は「たった一つしかないから」皆それぞれの人生を精一杯生きる価値があるんです。

この小説に登場する「ガーディアン」は、まさに「パラレルワールド量産アンドロイド」だ。(以下ネタバレあり)
ロボット工学三原則の第一条に基づいて「人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない」を信条としている。その結果、どうなったか? 世界に哀しみが増えただけだ。そこに意味はない。ガーディアンに言いたい。「過去を変えることはできない(してはいけない)。キミたち自身の未来を“より良くすること”に専念せよ」と。そしてそれは今生きている全ての人類に対しても言える。
きっと現生人類より高度に進化発達した知的生命体や未来人ならタイムトラベルは可能かもしれない。現にわれわれの歴史に既に介入して複数以上のパラレルワールドが存在しているのかもしれない。しかし、だ。
夏への扉』の拙レビューから、

そうそう。面白いのは、僕がいちばん好きなのは、最終章の主人公のダニイの独白である。ハッピーエンドを迎えて、ふと考える。「もしかして、自分や愛するピートやリッキィに不幸な運命を強いる“別の世界”があるのではないだろうか?」と。
『違うんだ!』とダニイは強く思う。
「そして未来は、いずれにせよ過去に勝る。誰がなんといおうと、世界は日に日に良くなりまさりつつあるのだ。人間精神が、その環境に順応して徐々に環境に働きかけ、両手で、器械で、‘かん’で、科学と技術で、新しいよりよい世界を築いてゆくのだ」
 なんというたくましい楽観。羨まし過ぎる。だけど、それが実現できない現実が問題なのであって、世界や人生に不平を言う前に、たった一つしかない世界と人生と、そしてそれを含む歴史の全てを、自分のチカラと知恵で変えていこうとする意志に感動する。

主人公にとってのリッキィが、愛する妻と娘であるところも、同じ家族状況にある自分にとって激しく共感できる(笑)
一点だけ不満を述べるとすれば、人類が太陽系を制覇したにもかかわらず、ファーストコンタクトに遭遇しないことだ。そりゃあないでしょう? もう一つのSFの真のテーマは「わたしたちは孤独ではない」。いやホント。
しかも、この作品によってタイムトラベル物が滅びるかというと、そんな心配は無用だ。こんな設定や、こんな手法が(他にももっと)残されているはず、だからだ。いやあ、SFって面白いですねえ!