未来への夢、宇宙への夢

表題は「アーサー・C・クラーク氏を悼む」(2008/3/21 朝日新聞巽さんの追悼文。

そもそも『2001年宇宙の旅』を彩る謎の石版は(中略)エイリアンが人類進化の触媒として仕掛けた通信装置であることはあまりにも明らかだ。

と述べた上で、こう締めくくっている。あまりに見事なので記念に引いておく。

もちろん、2008年の視点から見れば、きっかり40年前のあの映画が夢見た通信空間は原始的なものかもしれない。60年代の価値基準に立てば、21世紀に暮らすわれわれ自身がエイリアンであるだろう。にもかかわらず、この広い宇宙でわれわれは孤独ではない、人類ならざる知性がわたしたちを待っているかもしれない、というクラーク的夢想は、今も無効ではない。未来への夢を抱き、将来への賭けをくりかえすのが人類文明の本質を成す限りにおいて。

SFの定義は様々にあろうが、この最後の一文の意味を持たない作品を、少なくともわたくしはSFと呼ばない。