「右脳」の話を持ち出す人は、頭が悪い。

 まずウィキペディアを引いておこう。

右脳(うのう、みぎのう)は、脳の右側を意味する用語だが、学術用語ではなくどのような範囲を示しているのかは不明確。

一般的には大脳右半球と小脳右半球を総称したものと思われる。大脳右半球は左半身の運動と知覚を、小脳右半球は右半身の巧遅運動を司っている。

右利きの人は右側が劣位半球であることが多く、劣位半球の側頭葉に非言語的な記憶の中枢が、頭頂葉に空間認知の中枢が局在していることが多いため、一般に「イメージ脳」と呼ばれることがあるが、右半球全体がイメージ処理のために活動しているとの誤解を生みかねない表現である。

 以上、終わり。って感じですが(笑)
 前にレビュージャパンで書いたように、

 計算と人間の感情はそもそも違うという証拠に、左脳と右脳をもち出す人がいる。
 これははっきりとわからないことを、わからないままにする論法の一つである。
 私に言わせれば、左脳、右脳というのは能力の局在、あるいは能力のカテゴリゼーション(範疇分け)にすぎない。情報処理の観点からすれば、何の差もない。(金出武雄)

「大脳右半球は左半身の運動と知覚を、小脳右半球は右半身の巧遅運動を司っている」これは事実。だけど「右脳を活性化させれば、イメージ力や感性が向上する」というの事実ではないし、じゃあ「左手を使ったら右脳が発達するのか」てなことが証明されたこともない。

「右脳的」「左脳的」という言葉を使う人は、そこで「感覚的」「論理的」と同義で使用している“だけ”で、脳の話を持ち出すことによって何となく説得力を増そうとしているに過ぎない。科学や医学を装って、信頼性を高めようという魂胆に自ら気づいていないというか“酔っている”だけだ。

「分からないことは、分からない」とするのが本来の科学のあり方であって

とんでもなく複雑な問題を解決するにあたって、ある仮説をきわめて粗雑に適用し、いかにももっともらしい説明をすることは、良く言えば知的怠慢ですし、悪く言えば恥ずべき無知なのではないでしょうか。(ドーヴァー)

 人間の脳という、宇宙のような存在を上記のように扱うことは実はまったく無意味だということにそろそろ皆が気づくべきではなかろうか。